島の産業を再設計し、強い農業経営の基盤を作る

藤中拓弥 Takuya Fujinaka
瀬戸内大崎上島農園代表

尾道市因島生まれ。21歳のときに単身上京。広告会社勤務を経て、2007年に地域デザイン会社・プラスを起業。2011年、因島にUターン。東京・尾道の2拠点ワークを実践しながら、尾道や因島で産業や移住などをテーマに様々なプロジェクトを展開。2020年より広島県の移住コーディネーターも務める。

小さな島で日本最大級の「造船鉄工祭」

尾道の市街地から南へ、車で走ること約20分。周囲を海にすっぽりと囲まれた因島が見えてきた。賑やかな市街地から雰囲気は一変。そこには、ゆったりとした時間が流れる別世界が広がっている。
ここでは年に一度、全国でも珍しい“フェス”が開催されている。造船所を舞台にした「造船鉄工祭」だ。
普段は立ち入ることのできない造船所を特別に開放し、巨大な工場の見学ツアーや、島の子どもたちが溶接作業に挑戦したりするワークショップなどが行われる。毎年、島の外からも多くの家族連れらがやってくる。
この突拍子もない企画を仕掛けたのが、島の産業や空間をデザインする地域デザイン会社・プラスの酒井さんだ。

造船業を“一番働きたい仕事”に

「因島で暮らす人たちに、造船を“一番働きたい仕事”と思ってもらいたい。島を元気にする仕組みづくりとして企画した」。酒井さんは、狙いをそう話す。
因島の基幹産業である造船業。高度経済成長期は大いに潤ったが、時代の流れとともに次第に下火になっていった。同級生や顔なじみの友人らが転職する姿を見て、「産業が地域に与える影響は大きい」と痛感。一方で、「このままではいけない」と変革に意欲的な若手経営者の思いに触発された。そこで、「彼らの力になりたい。デザインの力で産業を押し上げよう」と一肌脱ぐことを決めたのだった。
島の造船業は今、フェスをきっかけに外から注目されるようになり、少しずつモチベーションが上がっているという。一度は沈みかけた島の産業が息を吹き返し、新しい姿を見せているのだ。

地域の素材をデザインし、多様性を生む

もう1つ、酒井さんが因島で仕掛けた企画を紹介しよう。少子化の影響で閉園した保育園を、地域活動と交流の場に変えたプロジェクトだ。
その名は、地域未来交流館「晴耕雨読」。ここはかつて自身が通った保育園だった。閉園後、跡地をどう活用するか検討されていることを知り、「みんなが集まる受け皿をつくろう」と運営に手を挙げた。
今、ここでは地域内外の人たちの手でフリーマーケットやトークイベント、子どもの英語教室など様々なイベントが開催されており、イベントをきっかけに独立して飲食店をオープンする人も現れた。新たな交流とチャレンジの循環を生む場所になっている。
「造船鉄工祭」と「晴耕雨読」。酒井さんの思いは同じだ。「地域の素材をデザインすることで、島の人たちに変化や気づきをもたらし、多様性を生んでいきたい」。原動力は、故郷への思いなのだ。

因島から海外へ。世界とつながろう

酒井さんのアイデアは、まだまだ尽きない。新たにワーケーション施設や、親子連れが楽しめるカフェや絵本ギャラリーなどをつくる計画も進めているのだという。
さらに、海外展開も視野に入れる。海外とチームを組んで、ブランディングやデザインを手掛ける構想を膨らませているのだ。因島にいながら、海外の仕事ができる。そんな日が、そう遠くない将来やってくるかもしれない。
穏やかな時間が流れる因島に今、大きな変化の波が押し寄せている。これからどう変わっていくのか。そこには、まだ誰も見たことのない景色が広がっていることだろう。